定義集 大江健三郎
【書き直された文章を書き直す】
なぜ主語が隠されたのか
私は二年前から、裁判の被告です。生まれて初めてのことなので、一年目は書く仕事に関わる裁判の弁護士費用を、税の申告に必要経費として計上することを考えつきませんでした。最高裁まで行くはずだから、と私が暗然とすると、
──すべて終わって、本に書くまで生きていられるように、ガンバロウ! と家内は勇み立ちました。これも初めてのことです。
訴えられているのは、私が37年前に出した『沖縄ノート』(岩波書店)で、渡嘉敷島の住民に日本軍が強いた「集団自決」について論評している部分です。この島では三百人以上が、守備隊から与えられた手榴弾で「自決」し、それで死にきれなかった者らを、乳幼児をふくめ、家族がオノ、カマ、あるいはその手で殺しました。
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