suga's blog 徒然なるままに
とりとめのないことを、徒然なるままに、書き留めておこうかと思います。

日本文化への警鐘と愛

追想 加藤周一 4 高畑勲(アニメーション映画監督)

日本文化への警鐘と愛

 たかはた・いさお 35年生まれ。スタジオジブリ所属。主な作品に「アルプスの少女ハイジ」(テレビ演出)、映画「火垂るの墓」など。著書に『十二世紀のアニメーション』など。

 アニメーション映画の作り手にすぎない私には、世の中のことはわからぬことだらけである。そういう自分にとって、1980年、朝日新聞に連載されはじめた「山中人間話(さんちゅうじんかんわ=「間」は門構えににくづき)以来、加藤周一氏は最も信頼できる導き手だった。氏は、この世で現在起こっている出来事と、過去ではあっても現在と深く関(かか)わる出来事の両方について、それが何であるのか見定めるための基準を与えてくださった。そしてその基準は常に、自由と平等と連帯、反戦平和と民主主義の精神に貫かれていた。24年間にわたる「夕陽妄語」をはじめ、講演や座談の記録、そして九条の会での活動を通じて、加藤氏はかけがえのない先達でありつづけ、おそらくこれからもそうあってくださると思う。なぜなら、氏の書かれたものはゆるぎなく、読み返すたびに新しいから。

 加藤周一氏は「知の巨人」とよばれ、まさにその通りだと思うけれど、氏の文章もお話も、大変分かりやすいことを強調しないわけにはいかない。具体的事実をまず提示して、その問題点を明確に分析整理する。しかる後、それを前提に洞察や推論を行い、展望を示す。提示されることが常に具体的であり、論理の展開が厳密、明晰(めいせき)であるおかげで、結論に至る論旨の筋道が凡人にも辿(たど)れるだけでなく、信頼に足るものであることを確信させる。

 こういう文章は、まともに食いつきさえすれば、じつに分かりやすく面白く、否定の仕様のない説得力を持つ。加藤氏の信念に反対する人にとってさえ、おそらく、あるところまでは納得せざるをえないばかりか、きわめて有益なのではないだろうか。

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 この緻密で深いがゆえの分かりやすさ面白さは、具体的な実証主義をもって臨んだ驚くべき労作『日本文学史序説』をはじめ、日本文化の特徴を論述した諸作でも一貫している。たとえば、「『古今集』の美学」の項で「思うに『日本的な自然愛』には注意する必要がある」と書き、紀貫之が春・秋の歌のなかでうたった花が六種類、小鳥に到(いた)っては二種類しかないことを指摘し、「貫之が花を愛し、小鳥を愛していたとは考えにくい。彼は何を愛していたのだろうか」と問うところから論を進める。

 「過去は水に流し、明日は明日の風が吹く」「鬼は外、福は内」「座頭市外交」など、しばしばユーモラスな例で日本人の「今=ここ」主義を言い当ててきた加藤氏は、美化・神秘化されてきた日本文化のヴェールを引きはがし、文化領域にこそ、それがしっかりと反映していることを具体的に論証した。『日本 その心とかたち』の「手のひらのなかの宇宙」では、「利休は何を発見したのか」と問い、「茶室において、文化の原型を発見したのである」「利休という現象は、つまるところ(中略)日本文化の文法の意識化にほかならなかった」と答えて、その「文法」を列挙し詳述する(1此岸(しがん)性、2集団主義、3感覚的世界、4部分主義、5現在主義)。

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 国際的現代人としての加藤周一氏は「今=ここ」主義の危うさに警鐘を鳴らしながらも、同時にその成果である日本の文化を深く愛した。私はそこに強く共感する。2004年、TV番組「日本 その心とかたち」のDVD化にあたり、この日本文化の文法が日本製アニメーション映画にも見事に当てはまることに驚きつつ私はリポートを書き、それをサカナにして加藤氏からお話を伺う機会を得た。そのとき、氏が折にふれてうかべられた笑みの、あまりにもチャーミングだったことが忘れられない。それはまるで少年のようだった。(朝日新聞2009年2月18日付文化18面12版)
posted at 09:18:14 on 02/18/09 by suga - Category: Philosophy

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