suga's blog 徒然なるままに
とりとめのないことを、徒然なるままに、書き留めておこうかと思います。

政治の軸にならない「貧困」

時代を読む ロナルド・ドーア

政治の軸にならない「貧困」

 最近は株価が少し上がり、米国で銀行が倒れ続けたころの、パニックに近いムードが多少後退した。金融財産を持っている人々、株価連動の401k型年金で生活している人々などが、損失の一部を取り戻し、安心してきただろう。

 しかし、世の勝ち組の人々が少し安心してきたといっても、切られた派遣労働者、切られそうな請負労働者にとって、見通しは依然として暗い。失業率が12月の3.9%から2月の4.6%へと着々高くなる。年末までに二桁(けた)の失業率確実とされている米国に比べて、日本は、まだ低いにしても、過去最高の失業率5.8%をはるかにしのぐだろうというのは経済学者の一般の見通しとなった。

 長期的な―少なくとも20年来の―所得分布の不平等化傾向が、今の不況によって大いに加速されている。政府の緊急対策、「底割れ」対策が、やはり底割れの効果があるか。それこそ目下の主要な関心事である。

 「麻生政権は規制改革に再び火をつけ、危機を乗り切るための展望を示すべきだ」と、日本経済新聞の9日の社説がいう。そのような竹中・小泉路線亜流の声は依然として高く響く。しかし、幸いにして、政府は「転向」してきた。供給面の規制を撤廃するより、総需要刺激こそが景気対策として必要だという結論になった。その「悟り」が、2003年、輸出繁盛、ショウヒ停滞の時代が始まった時に得ていたならば、今ほど酷(ひど)い状態になっていなかったかもしれないが、とにかく、泥縄のきらいがあっても、めでたい、めでたい自覚だ。

 失業対策として、失業者の住宅支援、訓練費の補助、雇用調整助成金、介護職員の待遇改善など、厚生労働省の役人さんたちはいろいろと工夫を練った。その努力をけなしたいと思わないが、もし私が切られた派遣労働者だったら、危機対策の予算配分を問題にするだろう。56.8兆円のうち、雇用対策費(国費、事業費も含めて)は4.4兆円、金融対策費はその10倍の44.8兆円である。その数字を見て、失業者たちは「麻生政権の関心の優先順位はそんなものか」と怒るだろう。

 当面の問題を越えて、例の「20年来の所得分布の不平等化傾向」も忘れてはならない。その傾向の説明は複雑だが、意識的な制度改革による分が大きい。派遣事業の解禁・拡大や企業管理職の給料決定システムなどの変化(昔、社長の給料上昇率は大体従業員のそれと歩調を合わせた。今はますます利益・株主への還元に連動する)。他の先進国でも、特にアングロサクソンの国でも、同様な制度変化、不平等化が見られる。

 しかし、他国に比べれば、日本で不思議なのは、不平等が政党政治の重要な軸にならないことだ。メディアの関心は外国と比べ強い。本屋には、「ワーキングプアの反撃」「派遣村」「反貧困の学校」など、貧困関係の本が何十点も並んでいる。

 ところが、よその国で、貧困・再分配の問題が政治論争の主要軸になるのに、日本ではそうならない。

 いたるところで、フリーター組合をつくったり、不当解雇を法廷で争ったりする草の根の抵抗が起こっている。ところがそれに手を伸ばしているのは、民主党支持の連合ではなくて、体制外の全労連である。その不満をくみ上げて地方の政党支部にその人たちを組み込もうとしているのは、今度天下を取るつもりでいる民主党でなくて、共産党だけである。

 なぜだろう。

 (英ロンドン大学政治経済学院名誉教授=rdore@alinet.it)(東京新聞2009年4月19日付総合・核心3面12版)Ronald P. Dore
posted at 10:53:02 on 04/26/09 by suga - Category: Politics

コメントを追加

:

:

コメント

No comments yet

トラックバック

TrackBack URL