suga's blog 徒然なるままに
とりとめのないことを、徒然なるままに、書き留めておこうかと思います。

多喜二と鶴彬

ザ・コラムThe Column

享年29。断ち切られた生 多喜二と鶴彬

外岡秀俊(編集委員)

 初夏を思わせる日ざしに汗が噴き出た。長くきつい坂道の途中で息をつくと、足元の植え込みに涼しげなスズランが咲いていた。

 小樽高商(現小樽商大)に向かう「地獄坂」。若き日の小林多喜二や伊藤整も、この長い坂を毎日たどって登校したのだろうか。

 一昨年から静かなブームが続く多喜二の小説「蟹工船」は、先月俳優座で舞台化され、来月にはSABU監督の映画が全国で公開される。多喜二が育った故郷でも、市立小樽文学館が来月4日から「『蟹工船』の時代」を展示する。

 「マンガや映画で話題になったが、本当に読まれているのか。いまでも実感がわきません」と亀井秀雄館長(72)は戸惑いを隠さない。北大や海外で教えた近代文学の第一人者。文学館でも、地道に多喜二や伊藤整を紹介してきた。

 「若者が蟹工船にひかれるのは、同じような過酷な状況で、潜在的な不安を抱えているからだろう。より深刻なのは、当時まだリアリティーがあった社会主義が失敗し、将来を構想できない。まさに行き詰まりに直面していることだ」

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 「反貧困運動」から生まれた雑誌「ロスジェネ」の編集長、浅尾大輔さん(39)は、ブームにはいくつかの伏線があったという。

 一昨年、白樺文学館多喜二ライブラリーが「蟹工船」感想文を募集し、原作とマンガをネットで公開したこと。東京の書店で昨年、アルバイトの女性店員が「ワーキングプア? それってもしや蟹工船じゃないか」という手作り広告で若者の関心を誘ったことなどだ。

 「でもブームの根にあるのは、過酷な非正規労働を強いられ、真っ先に派遣切りで失職する若者たちが作品に共鳴したからでしょう。『蟹工船』では、孤立していた労働者がみな当事者になり、立ち上がっていく。燃え広がる運動の可能性を示してくれた」

 船内でカニを缶詰に加工する蟹工船は、「工船」であるために航海法の適用を受けず、「船」であるために工場法の適用も受けない「無法」の空間だった。多喜二は書簡で、小手先に流れる当時の知識人の「前衛小説」を批判し、「未組織な労働者」の集団を扱う「蟹工船」で「搾取の典型」を描こうとした、と書いた。「蟹工船」がブームになったというより、多くの若者の労働現場が「搾取の典型」に近づいた、といった方が正確かもしれない。

 治安維持法に問われた多喜二は33年2月、特高警察の拷問で殺された。享年29歳。その多喜二の死から5年後、やはり29歳で無残な死を遂げた詩人がいる。川柳作家の鶴彬(つるあきら)だ。

 本名・喜多一二(かつじ)。石川県の現かほく市に生まれた鶴は、大正末期から「北國新聞」などに投稿し、柳壇の注目を集めた。

 燐寸(マッチ)の棒の燃焼にも似た生命(いのち)

 暴風と海との恋を見ましたか

 はじめは叙情的な句が多かったが、次第に革新の度を強め、プロレタリア文学運動に加わる。30年には金沢の第7連隊に入るが、私物入れから「無産青年」の機関紙が見つかり、軍法会議で懲役2年の判決を受け、大阪衛戍(えいじゅ)監獄に入った。だが除隊後も、反戦を訴える姿勢を崩さなかった。

 枯れ芝よ団結をして春を待つ

 万歳とあげて行った手を大陸へおいて来た

 手と足をもいだ丸太にしてかへし

 37年に治安維持法違反の疑いで特高に検挙され、翌年取り調べ中に赤痢にかかって入院し、手縄をされたまま息を引き取った。

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 生誕100年の今年、有志による募金で映画「鶴彬 こころの軌跡」が制作され、来月から東京などで公開される。

 手弁当で制作を引き受けた神山征二郎監督(67)はいう。「当時、心の中で戦争に反対した人は大勢いたが、大半は家族や生活のことを思って黙したと思う。彼は率直に、口にした。なぜそんな姿勢を貫き通せたのか。時間をかけた自決のような人生にひかれた」

 脚本を書いた加藤伸代さん(50)はこう話す。「今から見ると、戦前の日本は初めから全体主義だったように見えるが、そうではない。鶴彬のように大正の自由な気風で育ち、率直に発言した人もいた。にもかかわらず時代に押しつぶされていった過程を、今の問題として描きたかった」

 咋秋に現地で行われた撮影では、地元の自民党支持者が提供した家でスタッフが合宿し、ご近所の奥さんが総出で炊き出しにあたった。「映画『鶴彬』製作・普及を成功させる会」の板坂洋介事務局長(65)らは、小道具や家具を借りに奔走し、自らも出演した。

 「ひとこと『転向する』といえば、死なずにすんだはずなのに、鶴彬はガンとして節をまげず、反骨を貫いた」。長く高校で教師を努めた板坂さんは、「多喜二は小説、鶴彬は川柳と、表現の形式こそ違うが、2人は同じ道を歩んだ」と考えている。

 「今の若者は一見無邪気に見えるが、不安と不満を抱え、しかも本音をもらすとマイナスになると思っている。過去にこんなピュアな生き方を貫いた若者がいたことを、若い人に知ってほしい」(朝日新聞2009年6月18日付オピニオン15面12版)
posted at 09:19:04 on 06/18/09 by suga - Category: Philosophy

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