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知らなかった水のはなし:/1 日本、年640億トン「輸入」
水。身近にある最も大切な命の源だが、その素顔は意外に知られていない。身の回りにある水を追いながら、日本のこれからを考える。【小島正美】
◇本来必要な農業用水、食料通じ海外依存
日本の食料自給率(カロリーベース)は09年度で約40%。フランスや米国は100%を超えており、先進国で際立って低い。農林水産省は20年度までに50%までに増やす計画だが、仮に農地や人手があったとしても、もうひとつ重要なものが必要になる。
「水」だ。
では、その水はきちんと確保できるのか。
水環境問題に詳しい沖大幹・東京大学生産技術研究所教授が1枚の世界地図=図=を見せてくれた。日本が米国、カナダ、豪州などから輸入している仮想水(英語でバーチャル・ウオーター)の量を表している。
仮想水とは、輸入食料を国内で生産したと仮定した場合に必要な水の量だ。英国の学者が、各国の水資源算出のため考えた。
日本は世界各国から小麦、大豆、トウモロコシ、牛肉、豚肉などの食料を年3000万トン以上も輸入している。沖教授の計算によると、その生産に要した水は約640億トン。これは、国内で使われている農業用水の約550億トン(07年、国土交通省調べ)をはるかに上回る。「農地不足の方が大きいが、640億トンもの水を新たに調達するのは容易ではない」。沖教授は語る。
食料自給率を10%引き上げようとすると、「いま日本国内で使っている生活用水約160億トンに匹敵する水が必要になる」(独立行政法人・建築研究所)。一方、農水省は自給率アップにどの程度の水が必要で、確保できるのか試算していない。
ちなみに、800億トンの仮想水を、1人1日あたりの水使用量に換算すると約1800リットルになる。日本人が家庭内で使う1日あたりの生活用水の約6倍にもなる。輸入食品の裏側では、とてつもなく大量の水が使われているのだ。〇
たとえば、街で牛丼を1杯食べたとしよう。沖さんの計算では、使われた水は約1890リットル(1・89トン)になる。わずか牛丼1杯になぜ、10リットルバケツで189杯分もの水がいるのか。
牛丼の材料となる米、タマネギ、牛肉などの生産に水がいるからだ。牛はトウモロコシなどのえさを食べるので、そのえさに要した水も計算すると、牛肉1キログラムの生産に約20トン(約2万リットル)の水がいる。飼育期間の短い家畜はそこまでの水は必要なく、豚は約6トン、鶏は約4・5トン、卵は約3・2トン。水をモノサシにすると、牛肉がいかにぜいたくな食べ物かが分かる。
沖さんは「食べ物=水という自覚をもつことが大事だ」と仮想水の裏側にあるメッセージを語る。
一方、日本国内では約2000万トンの食品廃棄(環境省調べ)が家庭や外食産業、食品工場で発生している。仮想水に換算すると約240億トンにもなる。「食べものを捨てるのは水を捨てるのと同じだ。食べ残しをしないことが水を大切にすることになる」(沖さん)
考え方を変えると、仮想水640億トンは、国内で必要だった同量の水を節約できたことを示す。その意味では、輸入された食料に感謝の気持ちも必要だ。=つづく
◇異常気象、人口増加…世界の需給予測、厳しく
世界を見ると、水の将来は不安が多い。日本の食料を左右する米国中西部の穀倉地帯では地下水が減るなど水資源は深刻度を増している。中国でも水不足は深刻で、ロシアは今月、猛暑で穀物輸出を禁止。気候変動による洪水や干ばつも頻発し、干ばつに悩む豪州では乾燥に強い遺伝子組み換え小麦の研究まで進む。
さらに、国連の予測では、世界の人口は現在の約68億人から、2050年には約90億人に増える。人口が増えれば水の需要も増える。
国連ニューヨーク本部で環境審議官として途上国の水基盤整備を指導していた吉村和就・グローバルウォータ・ジャパン代表は「過去の世界史を見ると、戦争の約半分は水争いが原因だったことを知る必要がある」と強調する。そして「いまの日本には水の安全保障体制がない」と警告する。
アフリカやアジアなど途上国では約8億人が水不足や不衛生な水に苦しむ。「途上国での水道施設の建設など、日本が世界の水問題で主導権を発揮すれば、紛争解決や食料の安定確保など、世界的な水の安全保障の充実につながる」と吉村さんは訴える。
石油よりも水が価値をもつ時代がやってくる。
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◇地球の水資源
水の惑星といわれる地球だが、ほとんどは海水で、淡水はわずか約2.5%。しかも、その約7割は氷河で固定され、残りの大半も地下水のため、川や湖から採取できる淡水は全体の0.01%しかない。日本の年間降雨量は約1700ミリで世界平均より高いが、人口1人あたりだと世界平均の約3分の1に減る。決して水に恵まれているわけではない。