suga's blog 徒然なるままに
とりとめのないことを、徒然なるままに、書き留めておこうかと思います。
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じっくり考え、疑い続けよう
◆疑似科学 じっくり考え、疑い続けよう
池内了 総合研究大学院大教授(宇宙物理学)
今、さまざまな「疑似科学」(ニセ科学)が流行(はや)っている。疑似科学とは、科学のようなふりをしているが科学ではないもののことである。
血液型で性格がわかるというのもその一つ。両者の関連は、科学的にはまったく証明されていない。だが日常、当然のように使われているし、なかには血液型で社員の配置を決める会社もあると聞く。
「水からの伝言」も話題になった。水に感謝の気持ちを込めて冷凍庫に入れればきれいな結晶ができ、悪態をついて入れればいびつな結晶しかできないという。水はそんなことはお構いなしに結晶化するだけなのに。
「スピリチュアル」がブームだそうだ。初めに通常の道徳を語って信用させ、やがて霊だの気だのを持ち込み、実証できない世界に誘い込んでしまう。心を騙(だま)す巧(うま)い手だ。
科学的であるためには、客観的であること、合理的でな説明がつくこと、いつでも・どこでも実証できること、といった基準を満たす必要がある。だが、科学的な言葉をちりばめただけの疑似科学の例には事欠かない。
なぜ、我々は疑似科学に魅了されてしまうのだろう。
人には「心のゆらぎ」がある。取り戻せない過去への悔恨、思い通りにならず不満を抱える現在、どうなるかわからない未来への不安などが、心をゆるがすのだ。それに対して、何か安心を与えてくれるものが欲しくなる。
占いや神のご託宣もその一つ。一部でも当たっていれば、(当たっていない多くのことは無視して)受け入れたくなる。血液型占いにしろ、占星術にしろ、占いには曖昧(あいまい)な言い方であたかも当たっているような気にさせる奥の手があるのだが。
誰もが健康や老後への心配を持っている。社会保障には先細り感がある一方、「自己責任」を求められる。我が身を守るためには何かしなければという気分に追い込まれがちなのだ。といって何をしたらいいのかわからない。そこで「テレビで言っているから」とか「エライ先生が推薦しているから」というような理由で、手軽に怪しげな商品に飛びつくことになる。自分の頭で判断することなく周囲の雰囲気に同調してしまうのだ。
現代人にとって、時間の感覚が加速されていることも付け加えておくべきだろう。速い決着の方が価値がある、早く結果を知って安心したい、手早く簡単に効能を得たい……そんなことが習い性になっている。じっくり考えることをまどろっこしく感じ、すぐに答えが得られる方を選ぶ。そしてそれを鵜呑(うの)みにしてしまうのだ。
心のゆらぎがあり、時間が加速される現代、疑似科学は廃れないと思われる。しかし、それでは真と偽の見分けがつかない安直な社会になってしまう。それは歴史の逆行である。
そうならないためには安易に答えを得て安心したい気持ちを抑え、「なぜ?」と疑い続ける精神を養うことだ。疑い続けるのはしんどく不安なものだが、それによって洞察力が養われる。そういう人間こそ、21世紀に求められていると言えよう。
私は、学生たちの答案を見るとき、たとえ正答に到達していなくても、順序を立てて考えたと思われるものを高く評価することにしている。そのような学生の方が未来を嘱望できることを経験から学んできたからだ。
ゆったり流れる時間を楽しむ習慣を回復することである。時間は逃げないのだから。(朝日新聞2008年8月7日付15面オピニオン面私の視点ワイド12版)
posted at 08:43:31 on 08/07/08
by suga -
Category: Philosophy
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参考:安齋育郎
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