suga's blog 徒然なるままに
とりとめのないことを、徒然なるままに、書き留めておこうかと思います。

消費 志向の共同体 求める

資本主義はどこへ

消費 志向の共同体 求める

辻井喬(つじいたかし)さん 詩人・作家

 27年生まれ。詩集に「異邦人」「鷲がいて」「自伝詩のためのエスキース」など、小説に「父の肖像」「終わりからの旅」など。ほかに「新祖国論」「憲法に生かす思想の言葉」、社会学者の上野千鶴子さんとの共著「ポスト消費社会のゆくえ」などがある

 --辻井さんはかつて「大衆消費社会から個人消費の時代に移った」と論じ、注目を集めました。70年代から80年代、堤清二としてセゾングループを率いていたころです。「みんなが同じものを欲しがる社会は終わった」という指摘は、時代の気分を見事に言い当てました。しかし今は、「個人消費の時代は終わった」と考えているそうですね。

 「『隣がテレビを買った。我が家もほしい』というのが大衆消費社会です。しかし、『これがなければ生活できない』という絶対的なニーズ(必要性)は日本の場合、20世紀のうちにほぼ満たされました。隣が何を買おうと自分のニーズに合った物しか買わない、というのが個人消費の時代です」

■「選別」の時代に

 「その個人消費の時代は、21世紀に入って変化しました。現在は選択的な好みによる需要しか残っていません。一人ひとりのテイスト(趣味や志向)が違い、生活パターンが違うためです。私は『選別消費』と呼んでいます」

 --しかし、若い層はどうでしょう。上の世代はクルマもコートも持っていて満ち足りているでしょうが、新たに大人になった彼らは、買わないといけないのでは。

 「そういう人たちがいるから、まだ助かっている面はあります。しかし若者も、以前のように先を争うように新しいものを買おうとはしなくなった。目新しいデザインだな、買おうかな、でもまだ着られるからいいか、我慢しよう、というわけです。社会全体に広がりのある消費は消えました」

 --不況になる前から、すでに消費は変化していたということですね。政府は不況対策として個人需要を喚起しようとしていますが、効果は薄そうです。

 「最近、マルクスの『資本論』を読み直していますが、『本質的には人間の欲望を満たす行為であった消費が、資本主義社会になってからは労働力の再生産のための消費一辺倒になってしまった』という意味のことが出てきます。趣味もセンスも関係ない、というわけですね。これも奥が深い。マーケティングのロジックが通用しない現状を言い当てています」

 --消費行動の変化と速さと厳しさを物語るようです。かつてデパートの先頭に立っていた辻井さんが、今はデパートは時代遅れになった、と語っています。

 「デパードが主役だったのは、長く見ても80年代まで、西武百貨店の全盛期は75年から82、83年です。地方に行くと、名だたる老舗(しにせ)でも経営が大変なところが出てきた。今後、会社の数は半分ぐらいになるのではないでしょうか。今の人々にとっては、専門度を高めしかも安価な店がいい。無印良品とかユニクロは全国的に調子がいいですし、ロフトもまずまず。東急ハンズもいいかと思います」

 --自動車業界が苦境に陥り、日本でも深刻な販売不振です。これも消費の変化でしょうか。

 「ガソリンが高いからクルマが売れないと言われましたが、安くなっても戻りません。私は経済危機が起こる前に、社会全体でクルマへの必要性の認識が変わっていたと見ています。影響は自動車産業にとどまりません。日本でも郊外の幹線道路に面してスーパーやレストランチェーンが展開しました。それが軒並み大ピンチです。元気なのは大都会の中かその近くにあるコンビニやレストラン程度でしょう。クルマ社会の変化は、流通や飲食にまで及んでいます」

■基礎は市場経済

 --危機は経済のありようを考えさせます。辻井さんが考える経済社会を支える基礎は何ですか。

 「自由主義的な市場経済です」

 --そうした資本主義経済を前提にしながら、市場万能でいいのか、規制撤廃でいいのかと、いま疑問が投げかけられています。

 「市場経済そのものは優れたシステムです。ただし、人々にとってプラスに機能するためには、前提が3つある。第1に、競争している当事者同士が互いに相手のことを配慮すること。勝つだけが目的ではありません。第2に、利潤目的ではうまく運営できない領域、すなわち教育、警察、上下水道などのインフラ整備がしっかり運営されること。第3は、リーダーたちが自分の経済活動が社会にどういう影響を与えるか関心を持ち続けること。この3点です」

 --自由と規律の両方が必要というわけですね。

 「日本でも、とにかく規制をなくせ、自由にすれば必ずよくなる、中途半端だからいけない、という論者がいます。これだけ経済がひどくなった今も言っている。でも、あれは毛生え薬売りと同じじゃないかな。『つけたのに髪がなくなった』と客が文句を言ったら、『いや、この薬をつけていなければ、もっと早く髪がなくなっていたはずだ』って。これではインチキ商売と同じでしょう」

 --一人ひとりの趣味志向が異なる「選別消費」の時代、社会はどう変わっていくと考えますか。

 「そうですね……共同体の再評価、でしょうか。といっても、昔の隣組とか村落共同体の復活ではありません。これは、かつての進歩派には禁句でした。人間は何らかの共同体を探し求めます。最小のものとして家庭の復興、再建があるのではないでしょうか」

 「もう一つは、ある種のファンクラブ的な集まりです。それほど有名ではないシンガー・ソングライターやバンドに、熱心なファンの人たちがいます。情報を交換したり一緒に活動したり。そういうイメージです」

 「先日、宝塚歌劇を久しぶりに見ました。占領期に活躍した白洲次郎を扱った舞台です。白洲役のスターが出てくると、うわーっと拍手が起きる。白洲次郎って若い女性に人気なんだなと思ったら、全然違ってました。次にマッカーサー役のスターが出てくると、別の人たちが大きな拍手を送る。役者さんそれぞれにファンがいて、それぞれお目当てのスターに歓声を上げるんですね。あれも一種の共同体でしょう。趣味や志向が共通な人たちの集団です」

 「一方、政党や職場、労働組合など、既存の共同体はすっかり魅力と信用をなくしてしまいました。こちらの復活は難しい」

 --不況はいずれ終わります。その後の世界における日本の位置付けはどうなりますか。あるいはどうなるべきだと考えますか。

 「アメリカと欧州連合(EU)はそれぞれ極として残るでしょう。新しく中国も。インドはわかりません。日本は極にはなっていないでしょうし、私はならなくていいと思っています。今よりは小さい、でも絶対平和という理念を強く打ち出すことで独自性を発揮する、どこの極にも属さない国。日本は本質的に通商国家です。良質な製品を作って、貿易で成り立っていく。それこそが、本来の、日本の生きていく道でしょう」

 聞き手 刀祢館正明/郭允撮影(朝日新聞2009年1月12日付オピニオン11面13版)
posted at 10:37:39 on 01/12/09 by suga - Category: Philosophy

コメントを追加

:

:

コメント

No comments yet

トラックバック

TrackBack URL